●国際社会(こくさいしゃかい)
近年、国際社会での日本の地位の低下が懸念されている。
日本政府は政府なりに様々な試みを行っているようにも見えるが、どれも形式的というか戦術的というか、その先にあるビジョンがあまり見えない。
「金は出すが人は出さない」という国際社会(といっても欧米先進国とその友好国なので狭義の国際社会)からの批判を受け続けていたが、憲法9条の問題に挟まれながらも「PKO(国際平和維持活動)」を行い、今回は「イラク復興支援」という名のもと自衛隊を派遣することで、この批判をかわすことには一応は成功している。そして国連常任理事国入りを目指してもいる。
しかし、この先どういうビジョンを描いているのかがいまいち見えない。ただアメリカとの友好関係を重視したものになっているような気がする。
確かに国連予算の大部分を日本が負担している以上、国連での発言権を高め、率先して国際社会に貢献していくという姿勢は大切だと思う。そのために国連常任理事国入りすることは有益だと思うが、大切なのはその先にある「日本として国際社会でどのような役割を果たすのか」というものだと思う。
「京都議定書」を皮切りに日本は環境先進国としてリーダーシップを発揮していきたいところだが、こちらも世界一の二酸化炭素排出国であるアメリカは批准しないという点で不完全であるという課題も抱え、また日本としても真のリーダーシップを発揮するためには環境問題に取り組む姿勢を発揮して行かなければならない。
ディーゼル車規制などの政策も大切だが、人の問題意識や賛同があって政策は機能すると思うので、まず人が環境問題について考えられるような施策を政府は打つべきだと思う。「北風と太陽」と同じで、単なる形式だけの(人の問題意識や賛同から成り立っていない)政策は国民にとっては縛りとしか映らず、自ら率先して動くことは無いと思う。
これから日本が国際社会の一員として役割を果たしていくために必要なのは「ビジョン」、(それに導く)「リーダーシップ」、そして「国際社会への参加意識」だと思う。
「国際社会への参加意識」は日本人に一番欠けているものかもしれない。先に挙げた国連に関しても、そもそも国連で働く日本人職員(国際公務員)の数は予算負担の割には他国に比べて圧倒的に少ない。
また、毎年1月に世界経済フォーラムによって催される「ダボス会議」。これは世界各国の首脳や閣僚、多国籍企業の経営陣、学者や俳優、ミュージシャンなど千人規模の著名人が集まって、世界の諸問題について考えることを意図とし、グローバリズムの先導役となっている。
ブレア英国首相やシラク仏国大統領、シュレーダー独国首相などの政治家、ヒューレット・パッカード、デルコンピュータ、マイクロソフトなど世界企業の各トップ、そしてハリウッド映画で有名なリチャード・ギアやシャロン・ストーン(彼女は会場で出席者に募金を呼びかけたことで話題を呼んだ)など、リーダーシップを発揮して国際社会を牽引していこうとする人達が集まっているのだが、日本政府の首脳は参加していない。このため日本ではあまりニュースにならないので国民の間では認知度が低いという悪循環の引き金になっている。
日本政府の首脳は国会での予算委員会や代表質問があるため参加していないということだが、国会という場を借りて重箱の隅をつつくような各党の勢力争いや政治スキャンダルのぶつけ合いをしている暇があるのなら、ダボス会議に出席して日本の存在感のアピールでもすればいいのにと思うが、日本の政治家にとっては国際社会における日本の役割どうこうよりも、次の選挙で議席が取れるかどうかという政治ごっこ遊びで忙しいのかもしれない。
これは政治家だけの責任ではなく、我々日本人一人一人の「国際社会への参加意識」が低いということだと思う。
世界には約200の国が存在するが、その全ての国名を言える人はほとんど居ない。しかし、「日本?聞いたことあるけど、どこの国だっけ?」と言われる未来が実現してしまった場合、その責任は今の時代を担う我々にあるのだと思う。
日本が国際社会の一員として役割を果たす一翼を担いたいと思う。



